So-net無料ブログ作成
検索選択
トルコ ブログトップ

トルコ オリエンタル紀行⑫【番外編 人々】 [トルコ]

番外編 第3弾です!


トルコの人々を少しだけ写真に撮ってきました。
街行く人や、お店で出会った人など。
イスラムの国では勝手に写真を撮ることはタブーとされているので、
街行く人は風景写真の中に、出会った人は許可を取って撮影。


P1060450.jpg


DSC_0326.jpg DSC_0321.jpg

 
             DSC_0322.jpg


P1060308.jpg P1060307.jpg 


DSC_0541.jpg


P1060366.jpg


DSC_0604.jpg

DSC_0648.jpg


DSC_0849.jpg


P1070047.jpg



<トルコについて、いろいろ>

トルコはご存知のとおりイスラム教の国。
国民の99%がイスラム教信者といわれている。
イスラム教では、女性が外出時に肌の露出することをタブーとする教えがあり、
スカーフを巻いて髪と顔を隠し、全身を覆う外出用のコートを身につけるのが好ましいとされる。
しかしトルコでは政教分離を推し進めていて公的な場でのスカーフ着用を禁止しているため、
着用したい人、着用したくない人の間で人権上の問題として扱われることもある。

実際に街を見てみると、女性の服装は様々。
コートにスカーフと完全防備な人、
普通の服装にスカーフのみ着用してる人、
スカーフの着用なしの人(ノースリーブ・ミニスカートの人などもフツーにいました)・・・・・
服装の自由化が進み、また、女性の地位向上が進んでいる。

このように、トルコはイスラム圏の国でありながら、
他のイスラム諸国の考え方とは一線を画している。
「イスラム系」とか「中東」とかのイメージで国を見られることに強く反発している。
政教分離を全面に掲げ、西側諸国の一員と自認し、
欧州連合 (EU) への加盟を切望していることからも分かる。
(他のイスラム系諸国からは嫌われている~とのこと)
12年前はまだまだ中東色が強かった街も、今回はヨーロッパの雰囲気に近づいていた。
イスタンブールにはおしゃれで近代的な建物が増え、イメージが明るくなり。
ポンコツで汚れていた車を今回はまったく見かけず、ピカピカの欧州車がたくさん走り。
(ちなみにプジョーもたくさん見かけましたが、CCだけは1台も見ず。販売されてないのかな。)
ヨーロッパ色が明らかに強まっていました・・・・。


トルコは非常に親日的で、トルコ国内で「好きな国ランキング」なるものを行うと
圧倒的な強さで日本が1位になるという。
これは、1890年の「エルトゥールル号遭難事件」に由来しているといわれる。
(台風で遭難したトルコ船から漂流した船員を和歌山県の村人が救助し、
貧しい村だったにもかかわらず、衣服や食料を差し出し、献身的に介抱したという事件)

トルコでは大々的に伝えられ、後世まで好印象を持ち続けるきっかけとなっているが
日本ではあまり知られていなかった。
近年、イラン・イラク戦争でトルコから受けた救援の話とセットで紹介されることが増えている。
(イラクのイラン上空の航空機に対する無差別攻撃宣言に対し、
イラン国内に取り残された日本人が日本国内からの救援ができず危機的状況にあった際、
トルコ政府から派遣されたトルコ航空機によって救援され、無事に帰国できた事件。
トルコ航空の搭乗したスタッフは危険を覚悟の上志願した者だったという。)



旅行中は、日本語で声をかけられることも多く。
日本人と分かると日本のことをいろいろ質問される機会も多かった。
まったくの余談ですが。私、なぜかすごいモテました(^^ゞ
バスの運ちゃん、レストランのスタッフ、店員さん、道行く人・・・・・
何度声をかけられ、誘われたことか。
バイキング形式なのに、頼んでもないのにスペシャルジュースが届いたことも(笑)
トルコ受けする顔なのかしらん( ̄∀ ̄*)ムー




このような色々な話は、すべて現地ガイドのベルガンさんが事細かに話してくれました。
移動中のバスの中でも興味深い話をたくさんしてくれて、彼の知識の豊富さに感心♪
吉本並に笑いも取れるその話術にも脱帽でした(笑)

彼がしてくれたその他の興味深い話・・・・
世界的にはあまり知られていない、トルコが発祥のものの話。
○チューリップ
 トルコが原産で国花。
 トルコの伝統的な図柄にはチューリップをモチーフにしたものが多くある。
 チャイグラスはチューリップの形を元にしている。
 イメージではオランダの方が定着してるけど・・・・・
○サンタクロース
 昔、トルコにセント・ニコラウスという聖人がいた。
 彼は貧しい人々を助け子供を愛しむ人で、彼も人々から愛されていた。
 人々は12月5日(あるいは6日)をセント・ニコラウスの祝日とし、
 その日には子供たちに贈り物をすること決めたのが現在のクリスマスになった。
 確かフィンランドにサンタクロース村があったような・・・・・
○ピザ
 メソポタミア文明時代にトルコのチグリス・ユーフラテス川沿いで、
 パンの原料の小麦ができた。
 遊牧民たちが日持ちのする薄いパンと野草や燻製を一緒に食べたことがピザの原型。
 ピザといえばイタリアだよな・・・・・
○ヨーグルト
 ヨーグルトはトルコ語源で「ヨーウルトゥ」といい、トルコにて最初に作られた。
 現在でもトルコ人の食生活には欠かせないものになっている。
 ヨーグルトはブルガリアっしょ・・・・・


ベルガンさんはこれを「世界的ナイショごと」と言ってた(笑)
トルコが今さらしゃしゃり出なくても世界で愛されていればそれでいい、
世界中のイメージを壊さないように・・・って。
・・・そのわりには、得意気に話してたけどなぁ~(^-^)



長くなりましたが、、、、、、これで、トルコ旅行記はすべておしまい!
ずっと読んでいただいてありがとうございました♪
 


トルコ オリエンタル紀行⑪【番外編 モスク】 [トルコ]

番外編 第2弾です!


トルコにはモスクが数え切れないくらいありました。
ブルーモスクなど、大きくて有名なものもあるのですが。
それ以外に、街のいたるところに・・・・都会でも田舎でも・・・・大きいモスクや小さいモスクが
それはもうたっくさんありました。



DSC_0324.jpg

P1060208.jpg P1060212.jpg

             P1060235.jpg 

P1060252.jpg P1060270.jpg 

             P1060274.jpg

P1060310.jpg P1060313.jpg

             P1060373.jpg

P1060437.jpg P1060468.jpg

             P1060484.jpg

DSC_0897.jpg

DSC_0941.jpg



[モスク基礎知識]

モスクとはイスラム教の礼拝堂。
偶像崇拝(像や絵など)をしないので、崇拝の対象物は置かれない。
(そのため、モスクの中の装飾は幾何学模様しかない)

一般的にドーム屋根の建物と、ミナレットと呼ばれる尖塔から成り立つ。
コーランの音が響きやすいようにドーム型の屋根にし、
礼拝を呼びかけるためにミナレットがある。
これはこの形でなければいけないというものではなく、
よって、貧しい地域ではドーム屋根のみでミナレットがないものもたくさんあるし、
もっと貧しければドーム屋根さえなく公会堂のような建物だけのものもあるらしい。

ミナレットについては、1本・2本・4本(3本というのはないらしい)など本数も様々。
この本数がモスクの力(街の力?)を表すので、多いほど豪華なモスクとされる。


ちなみに、ブルーモスクのミナレットは6本。
建設当時、メッカのモスクが6本だったためそれに倣って造られたが
メッカはその威厳を保つために後に1本足され、現在は7本になっている。
アヤソフィアは4本。教会をモスクに造り替えた後に建てられた。

(現地ガイドさんのお話を要約しました)



トルコ オリエンタル紀行⑩【番外編 出会い】 [トルコ]

今さら・・・・ですが、トルコ旅行の番外編。
旅行中、たくさんのニャンコとワンコに出会いました。
その一部を紹介します(^-^)



聖母マリアの家の前の木陰で熟睡中。
周りにはガヤガヤ人がいるのに、全然気にならないみたい(笑)
DSC_0109.jpg


パムッカレの温泉池の周りにて①
ちょっとしたカフェテラスがあり、そこでおこぼれを狙ってます(笑)
DSC_0219.jpg


パムッカレの温泉池の周りにて②
愛想がよくて、カメラを向けるとハイポーズ♪
DSC_0228.jpg

こんな表情まで見せてくれて・・・・
DSC_0229.jpg

しかも爪とぎサービス付☆かわいいっ
DSC_0230.jpg


パムッカレの温泉池の周りにて③
凛とした雰囲気を持った美しいネコさん
DSC_0239.jpg

立ち姿もモデルさんみたいにきまってるでしょ?
DSC_0240.jpg


パムッカレ石灰棚前で、歩いてくる人の様子をうかがってます。
気になる人でもいるのかな?(笑)
DSC_0244.jpg


パムッカレ石灰棚横の通路にて①
熟睡。すぐ横を人が歩いても全然平気。
死んでるのかと心配になったり(笑)
DSC_0248.jpg


パムッカレ石灰棚横の通路にて②
上に同じ(笑)
DSC_0250.jpg


カッパドキアに向かう途中のキャラバンサライで、みんなに愛想を振りまく子。
かまってもらってるうちに気持ちよくなっちゃって、ウトウト(笑)
DSC_0383.jpg


カッパドキア洞窟レストランの駐車場で嬉しそうにお散歩中♪
私の目の前の木でおトイレを済ませてました(写真撮ったけど、さすがに載せません・・・)
DSC_0480.jpg


アンカラ駅で電車を待つ子(笑)
カメラを向けたら一生懸命お話してくれました。
「あんた、どこへ行くんだい?」とでも言ってたのかな(笑)
DSC_0599.jpg


グランドバザール前の植込みでかくれんぼ中♪
仲良さそうにじゃれ合ってました(^-^)
DSC_0671.jpg


グランドバザール内で熟睡中。
お買い物途中で疲れちゃったのかな(笑)
DSC_0685.jpg


街中を散策中に、隅の階段で休んでた子。
お魚屋さんまであと少しよ、がんばれ~。
P1070044.jpg


ボスポラス海峡クルーズの乗船場前の公園で、寝そべりながら海を見ていた子。
もっさり感がボビーと似てる?(笑)
片耳だけあげて、みんなのお話を聞いてます・・・
P1070100.jpg


(一部、本編に登場済みの子もいます)


お国柄か、ワンニャンを見てても時間の流れがゆっくりしてるの~
イヌもネコもみんなフリーだし。
(イスタンブールなどではリード付でお散歩してる子もいましたが)


ニャンを見ればセナに見え、ワンを見ればボビーを思い出し・・・・
そうやって寂しさを乗り越えた8日間だったのでした。。。。



<読んでくださる皆さんへ>

再びトルコ旅行記の執筆(?)に取りかかりました。
すっかり旬もすぎてますが(っていうか、旅行してから既に2ヶ月も経ってるし!)
コメント欄は開けておきますが、適当に読み流していただいても全然OKです~(^-^)



トルコ オリエンタル紀行⑨【6/19~20 帰路】 [トルコ]

ボスポラス海峡を後にして、ついにトルコを離れる時がきました。。。


空港に向かう途中の道に、水道橋がある。
P1070104.jpg
(車窓から大急ぎで撮った写真・・・写りが悪すぎ)


この水道橋はローマ時代のもので、
旧市街にある地下宮殿と呼ばれる地下の貯水槽に水を送り込んでいた。
78,000㎥もの水を貯えることができたといわれるこの貯水槽は
まさに宮殿を思わせるような大理石の列柱が立ち並び、
メデューサが土台になった柱などもある。
(12年前には見学に行きましたが、今回は時間が取れませんでした・・・)



イスタンブールの空港は、広々していてキレイ
P1070113.jpg



イスタンブール発12:45 ウズベキスタン航空HY-528便
タシケント経由にて成田へ。



さようなら、イスタンブール、さようなら、トルコ
P1070117.jpg



機内食
P1070124.jpg

P1070139.jpg



帰りもまたまたスペシャルいいお天気で・・・・
途中、カスピ海がものすごくキレイに見えました♪

P1070129.jpg

P1070131.jpg



トルコ旅行は、こうして終わっていきました。。。
トルコという国が魅力的で、楽しいものだったとのはもちろんだけど、
今回の旅行がとってもよかったのはツアーの皆さんがとっても仲良くなり、盛り上がったこと。
帰りの空港でも、誰からというでもなく残っている現地のお金をみんなで集め
8日間お世話になった現地係員さんにプレゼントしたり。
全員で集合写真を撮ったり。
ちょうどお誕生日だった添乗員さんに全員のメッセージ入りのTシャツを
サプライズプレゼントしたり♪
そういう1つ1つが、かけがえのない旅の思い出となりました☆


トルコ旅行記は、番外編へと続く・・・・・?



トルコ オリエンタル紀行⑧【6/19 ボスポラス海峡クルーズ】 [トルコ]

とうとう観光最終日。
まずはホテルバイキングの朝食で腹ごしらえ(^-^)


とってもいいホテルで、朝食も素敵でした☆
DSC_0863.jpg


はちみつ召し上がれ~  蜂の巣ごと・・・・(汗)
DSC_0862.jpg


ホテルの朝食もこれで最後だな。。。
DSC_0866.jpg


小高い丘にあるこのホテルは、レストランからも景色が最高☆
豪華客船が出港していくのがちょうど見えました。

いいお天気
DSC_0869.jpg



ホテルを出てボスポラス海峡クルーズに出発。


ボスポラス海峡は、トルコのヨーロッパ部分とアジア部分を隔てる海峡。
ボスポラスとは「牝牛の渡渉」という意味で、ギリシャ神話に由来する。
ゼウスが妻ヘラを欺くため不倫相手のイオを牝牛の姿へ変えるが、ヘラはそれを見破り、
恐ろしいアブ(虻)を放っためイオは世界中を逃げ回ることになり、
牛の姿のままこの海峡を泳いで渡ったとされる。

南北に細長く、約30km。幅はいちばん狭いところでは800mほどしかない。
北は黒海、南はマルマラ海で、マルマラ海とエーゲ海を繋ぐダーダネルス海峡とあわせて
黒海と地中海を結ぶ海上交通の重要な地点といえる。


今回は旧市街の乗り場から第二大橋までの区間をぐるっと巡ります。

こんな船でクルーズ
DSC_0935.jpg


左手にヨーロッパ大陸の景色を見ながら北上。
最初に見えたのが「ドルマバチェフ宮殿」
オスマン帝国末期の王宮として建てられ、
その後政府の迎賓館として使用されてた時期もあったらしい。
(現在は観光客が見学できるよう解放している)


ドルマバチェフ宮殿
DSC_0883.jpg


海峡側が正門で、公道に出ないで船で行き来が可能になっていたらしい
DSC_0884.jpg


ヨーロッパ大陸側の街並
DSC_0889.jpg


泊まったホテルも見えました
DSC_0891.jpg


他にも、王宮ちっくな豪華な建物がいくつか・・・
今はホテルとして利用されているものもあり。
DSC_0894.jpg


小さなモスクもいくつか・・・
DSC_0897.jpg


第一ボスポラス大橋
DSC_0899.jpg


いざ下まで行って見ると、とっても大きい!
DSC_0898.jpg


釣りを楽しんでる人がたくさん・・・手を振ってくれる人もいました(^-^)
DSC_0910.jpg


どこまでいくの?カモメさ~ん
DSC_0915.jpg


第二大橋の手前に見えてきた「ルメリ・ヒサル」
オスマン帝国のメフメト2世が造営した城塞。


ルメリ・ヒサル
DSC_0931.jpg


ローマの城の意を持つ名前のとおり、ヨーロッパ風な素敵な建物なのだ
DSC_0926.jpg



第二ボスポラス大橋
DSC_0929.jpg


この橋には日本の石川島播磨重工業や三菱重工業などにより建設された。
同じ年に開通した瀬戸大橋とは姉妹橋とされている。


黒海に向かうタンカー
DSC_0924.jpg



続いてアジア大陸側


こちらは高級別荘街
DSC_0933.jpg


陸軍の学校 海に面してるのに・・・・
DSC_0940.jpg


もちろん、こちらにもモスクあり・・・
DSC_0941.jpg


またまた違う豪華客船が。そんなに何隻もくるものなのか・・・
DSC_0949.jpg


ぐるっと折り返し、再びヨーロッパ側へ。


旧市街の街並
DSC_0953.jpg


トプカプ宮殿
DSC_0954.jpg


アヤソフィアとブルーモスク
DSC_0956.jpg



海から見るとまた違った雰囲気に見える。
でも、他の建物と比較すると、やっぱりかなり大きいことだけは分かった。



これにて、観光はすべて終了。
名残惜しくてたまらないけど、、、、、帰路につきます。
⑨へつづく・・・


トルコ オリエンタル紀行⑦【6/18 イスタンブール】 [トルコ]

イスタンブール駅からイスタンブールの街へ繰り出す。
イスタンブールはアジア大陸とヨーロッパ大陸にまたがる街。
駅はアジア側にあるので、ボスポラス大橋を渡ってヨーロッパ側に渡る。


通勤の時間帯で車も多い
DSC_0664.jpg


まずは、午前中の混まないうちに「グランドバザール」へ。
「グランドバザール」は 4000とも5000ともいわれる数の店が軒を並べている、中東最大の市場。
金・銀製品、カーペット、アンティーク、おみやげや衣料品、革製品などを売っている。
とにかく広くて、入り口もたくさんあるし、メインの道から脇道が無数にあって・・・・
簡単に迷うことができる(^-^;)



入り口  
DSC_0687.jpg


バサールの中
DSC_0674.jpg

このあたりは宝石類を扱っているお店が多かった。


ここでの買い物の醍醐味は値切り交渉。
お店の人も日本人と見るや、高い金額とつけてくる。
いやいやいやいや・・・と思いっきり低い値段から交渉開始。
時には「んじゃ、もういいわ・・・」と店を出るフリくらいの演技は必要(笑) ←女優
結局は得してるんだか損してるんだか、実はよく分からないのだけど
そのやり取りが楽しいので、ヨシとする(笑)



グランドバザールを後にして、「ブルーモスク」へ。
正式名称「スルタンアフメト・モスク」はオスマン帝国の第14代スルタン・アフメト1世によって
1609年から1616年の7年の歳月をかけて建造された。
世界で唯一優美な6本のミナレット(尖塔)と直径27.5mの大ドームをもち、
内部は数万枚の青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、
白地に青の色調の美しさから通称「ブルーモスク」と呼ばれる。


大きなドーム&6本の尖塔が立派なのです・・・・
DSC_0718.jpg


中に入ります
DSC_0692.jpg


ここは、(当たり前だけど)ちゃんとしたイスラム教のモスクなので
観光客が入場できる時間が制限されている。
また、観光客でも入場の際にあまりにも露出が多いと(ノースリーブなど)
ストールみたいなものを渡されて覆って入るよう言われたりする。


中はステンドグラスとタイルで美しい☆
DSC_0700.jpg

DSC_0701.jpg

DSC_0706.jpg

DSC_0711.jpg


ここで休憩を兼ねて、ランチへ。
海沿いのシーフードレストラン♪


魚介のスープ /前菜盛合せ
P1060492.jpg P1060496.jpg

白身魚のフリッター(ご飯添え) /いちごのプリン
P1060497.jpg P1060499.jpg

すいかの生ジュース
P1060495.jpg


この生ジュースがとっても美味しかった。
すいかそのものの味がしました♪


午後から「アヤソフィア」へ。
「アヤソフィア」は、東ローマ帝国時代(360年)に正統派キリスト教の大聖堂として建設された。
二度の焼失後、537年にユスティニアヌス帝によって再建された後は
正教会第一の格式を誇り、また東ローマ帝国の諸皇帝の霊廟としても用いられた。

その後、1453年コンスタンティノープルを占拠しオスマントルコ帝国を創ったメフメト2世により
教会を没収され、モスクへ転用されることとなった。
アヤソフィア内部は十字架が取り外され、メッカの方向を示すミフラーブが加えられたが、
内部の改修は必要最低限にとどめられた。
その後、4本のミナレットが建設され、現在の形となった。

現在は正式にトルコ共和国の博物館に改められ、一般に公開されている。


アヤソフィア
DSC_0721.jpg

こちらもかなりの大きさです。

中は、キリスト教とイスラム教が融合したような、不思議な空間・・・

キリスト教のモザイク画があるし(モスクとして使用時は漆喰で隠されていたらしい)
DSC_0776.jpg
DSC_0747.jpg

ミフラーブがある
DSC_0762.jpg


ステンドグラスほか装飾が美しい
DSC_0765.jpg

DSC_0754.jpg

DSC_0764.jpg


続いて「トプカプ宮殿へ」
「トプカプ宮殿」はメフメト2世が1460年代頃造営を開始し、1478年頃までに完成した。
その後、19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した。

宮殿のある丘は、古代ビュザンティオンのアクロポリスのあった場所にあたる。
宮殿の外壁はこの丘を大きく囲み、外壁内の総面積は約70万m²ほどの面積である。
敷地の内側にある第二の城壁で囲まれた縦横200m×400mほどの長方形の空間が、
君主の私邸であるトプカプ宮殿の本体部分。
その内部は、行政と公式行事の行われる場である外廷と君主の私生活の場である内廷、
そして女性たちの住む後宮(ハレム←大奥のようなところ)の3つの部分からなる。


城壁?
DSC_0787.jpg


挨拶の門  宮廷への入り口。かつては限られた人しか入場できなかった。
DSC_0789.jpg


トプカプ宮殿には大きな建物はなく、小さな建物と庭、離れからできている
P1070008.jpg

P1070013.jpg


正義の塔 処刑に使用された。ガラス張りで見せしめ的要素もあったらしい
DSC_0801.jpg



幸福の門 ここから奥は内廷
DSC_0800.jpg


内廷奥にあるテラスからは、ボスポラス海峡が一望できる
DSC_0795.jpg



謁見の間
 トルコ.jpg

 トルコ-2.jpg


ハレムや宝物展示室も見てまわる。
残念なのは、写真撮影が禁止されていること。
世界一大きな86カラットのダイヤモンドとか ←さらに周りを49コのダイヤで装飾してある
エメラルドの短剣とか ←短剣のくせに柄の部分に大きなエメラルドが3石も
・・・・すごいのにぃー。
(12年前は撮影OKだったので、今回意気込んでたのにぃー)
お見せできなくて残念です。。。



トプカプ宮殿は本当に広い。そしてキレイ☆
庭園も美しいし、建物やその内部も豪華。
・・・・しかし、この日はものすごい暑さでヘロヘロになってしまい、、、
あまり写真を撮っていなかったことに後になって気づいたのでした(-_-;)


街中を通り抜け、ホテルへ


車窓より
P1070021.jpg

豪華客船が入港していた
P1070024.jpg

シルケジ駅 オリエント急行の終着駅として有名
P1070017.jpg



ホテル着後、時間があったので少し街中を散策してみる。
P1070040.jpg

まぐわささ~ん、スタバもありましたよ~(笑)
P1070043.jpg


路地に入ると人がたくさん
P1070047.jpg


街のお魚屋さん
P1070046.jpg



この後、夕食へ。


ナン(のようなパン) / 豆とにんじんのソテー
P1070068.jpg P1070069.jpg

トルコ名物の1つキョフテ(ハンバーグみたい?) / チョコレートケーキ
DSC_0851.jpg DSC_0854.jpg



この日は最後の夕食、ツアーの方のお誕生会もしました。
添乗員さんは今回珍しく男性の方でしたが、みんなに飲まされてヘベレケに(笑)
とっても盛り上がり、楽しいひと時でした(^-^)


ホテルに戻った後、ツアー中に仲良くなったご夫婦と一緒にホテルのラウンジへ。
最後の夜を思いっきり楽しむ。


小高い丘の上にあるホテルからは、素晴らしい夜景が☆
突き出したテラス席があり、夜景に囲まれているような気分を味わうことができた。
素晴らしい夜☆トルコ万歳!

DSC_0855.jpg

DSC_0856.jpg

・・・けど写真はいまいち(^-^;)


こうして、最後の夜は楽しく過ぎていきました。
⑧につづく・・・・・・




※皆さん、読んでいただいてありがとうございます。
ここ最近、なかなかゆっくりブログに向かう時間が取れず、
更新がゆっくりなばかりか、コメレスやご訪問も・・・・とっても遅れてしまっています。
ごめんなさい。
この状況は続いてしまいそうなのですが、もう少しがんばらなくてはと思っています。
長い目で見守ってくださいm(_ _)mペコリ



トルコ オリエンタル紀行⑥【6/17 アンカラエクスプレス】 [トルコ]

アンカラよりイスタンブールまで、アンカラエクスプレス(寝台特急)で移動。
アンカラ駅を22:30に出発すると、イスタンブール駅に翌朝8:00~8:30頃到着する。



アンカラ駅
DSC_0591.jpg


駅前のホジャ像
DSC_0590.jpg


この方、「ナレスディン・ホジャ」といってトルコほか周りの国々でとっても有名な人。
「ホジャ」というのは「~先生」というような尊称で、
日本でいうと一休さんのように、彼のとんちで時に窮地をしのぎ、
また日々の暮らしを幸せなものにする「理想的なおじいさん」といった存在。
アナトリア地方ではあらゆるところに像があり、
どこでも「ホジャ とんち大全集」みたいな本が売っています。(しかもあらゆる言語で)
どの像も、必ずロバに後ろ向きにまたがっています(笑)


駅の中へ入ってみる。


この時間でも結構な人が。 寝台特急に乗る人なのかな?
DSC_0583.jpg


チケット売り場
DSC_0584.jpg


構内に入るとキオスクがあり、
電車の中で楽しむ食べ物・飲み物を購入している。
DSC_0596.jpg



ホームで待っている家族連れに出会い、少し話をしてみる。
(といっても私の語学力で話せたことなんてたかだかしれているが・・・汗)
家族旅行中で、これからイスタンブールに向かうんですよ~ということ(らしい)
子どもさんがあまりにもかわいらしいので、写真を撮らせていただく。


とってもかわいい姉弟さんでした
DSC_0604.jpg


弟ちゃんは動いちゃうんだけど、お姉ちゃんはモデルさんのようでした♪
DSC_0606.jpg


かばんの中にしのばせていたお菓子(日本の)をあげたらとっても喜んでくれました(^-^)
素敵な旅の出会いでした。。。


ホームではこんな方も電車を待っていたよ!?(笑)
DSC_0599.jpg



さて、いよいよ電車が入ってきて乗客の乗り込み開始。
・・・・の前に、先頭まで走って電車さんのお顔をチェック(笑)


アンカラエクスプレスと申します
DSC_0618.jpg


アンカラからイスタンブールまで(って書いてるのかなぁ・・・・)
私は5号車
DSC_0622.jpg


廊下が続き、左手が2人ずつの個室になっている
DSC_0629.jpg


部屋
DSC_0627.jpg


この座席が・・・こんなふうに2段ベッドに
DSC_0631.jpg


全然期待していなかったけど、部屋はわりとキレイで快適☆
スーツケースを2つ開けるほどのスペースはないが
それでも1つずつならなんとか荷物の出し入れは可能。
カギは内側からのみ施錠できる。
部屋ごとに洗面所がついている。トイレは各車両の前後に2箇所。
シャワーはないので(一部有料でどこかの車両にあるというウワサも聞いたが)
乗車する際には体を拭いたりできる準備をしていくといいかも。
そのほかに、各部屋に冷蔵庫が完備(ほとんど冷えないけど)、
中にはウェルカムドリンク&チョコレートが入っていて、無料でいただける。


・・・と楽しくてよかったんだけど、、、、
疲れているのに、独特な揺れであまり眠れず(^-^;)


朝は6時半になると廊下で係員さんが「起きろ~」と叫んで起こしてくれる(笑)
身支度を整えて朝食へ。


朝食は食堂車にて。
メニューは決まっていて、パンとコーヒー、チーズやハムなどの軽食。


朝食
P1060429.jpg


流れる景色を見ながらの朝食はとっても素敵☆
特に左手はずーっと海が見えていました。
DSC_0637.jpg



朝食後に部屋に戻ると係員さんが来て、ベッドをイスに戻してくれる。
(イス→ベッドの時も係員さんがやってくれた)


あっという間に早変わり、なのです
DSC_0639.jpg


イスタンブールが近づいてくると
いろいろな駅で朝の光景が見られて楽しかった~。
DSC_0648.jpg



定刻より少し早めにイスタンブールに到着。
イスタンブール駅は、アジア大陸ギリギリのところ、海のすぐ横にあるのです。
DSC_0659.jpg


寝台なんてなかなか乗る機会がないので、とっても楽しい経験でした♪
今回一等車だったけど、日本で乗ろうとするとン万円の世界!?
でもトルコではおそらく5000円弱くらい(1人)で乗れて、
移動+寝台体験できちゃったらお得かも♪



ここから、いよいよ旅も終盤、イスタンブール観光へ出かけます!
⑦につづく・・・・・





<全然関係ないお話ですが>
先日から突然、サイドバーが表示されなくなってしまいました。
なぜなんだろう・・・。
またso-netの不具合か、とか思って放置してたら
皆さんのところでは普通に表示されてますよね。
管理ページのレイアウトで設定の再保存をしても直らない(T▽T)
「こうしてみたら?」なんてお知恵がありましたら教えてください!





トルコ オリエンタル紀行⑤【6/17 カッパドキア】 [トルコ]

朝からカッパドキアへ移動。

景色は相変わらず広い大地。
P1060327.jpg


時々、羊飼いと羊の群れなどが見えたり。
DSC_0391.jpg

時々、牛の群れが見えたり。
DSC_0389.jpg

ポプラの木がよく見られる。
P1060352.jpg


途中、休憩でキャラバンサライに立ち寄る。
いわゆる隊商宿といわれるもの。
アナト リア地方には東と西を結ぶ商業ルートが多く、
例えばシルクロード(絹の道)やスパイスロードなどがその主なものとして知られている。
らくだやろばに荷物を背負わせて隊を組んで旅をしていた商人達(キャラバン)にとって
周辺に何もないようなところに建てられた宿は宮殿(サライ)のように大きく立派な建物という意味から、
次第にキャラバンサライという名で呼ばれるようになったよう。
約30~45kmの間隔で建てられていた。
(この30~45kmというのは、キャラバン達が1日に旅ができる平均的距離だったらしい)


とあるキャラバンサライ
DSC_0375.jpg

現在はレストランやドライブイン、ホテルなどに使われているところもたくさんあるよう。


普通にこんな景色も見られます
(荷台にはワンコも乗ってます)
DSC_0378.jpg


いよいよカッパドキアへ。


6000万年前の火山の噴火によって降り積もった火山灰や玄武岩が
100mもの厚さの凝灰岩となってカッパドキアの大地に堆積した。
これが、風雨の浸食で柔らかい部分だけが削られ、奇岩が並び立つ奇妙な地形となったらしい。

P1060335.jpg

DSC_0417.jpg

DSC_0399.jpg

火山性の凝灰岩は柔らかく削りやすいので、カッパドキアの人々は紀元前から
この凝灰岩の岩盤を掘り抜いて住居として利用していたと考えられている。
場所によっては十数年前まで住居になっていたところもあるらしい。

そして不思議な景観をもつ土地柄は、原始キリスト教徒たちにとって修道に最適の場所と写ったため、
紀元前4世紀頃、キリスト教の修道士たちがこの地に多く集まり、無数の洞窟修道院が作られた。


ヘビの教会

キリスト
DSC_0405.jpg

教会の名前の元になったヘビ
DSC_0407.jpg

(フレスコ画の損傷が激しく、もったいないという感じでした)


近くにあった、もう1つの教会
DSC_0431.jpg

DSC_0426.jpg

DSC_0427.jpg

DSC_0428.jpg


この教会付近を少し散策して、お昼ご飯のレストランへ向かう。
その途中でトルコアイス屋さん発見!


のび~~ん
DSC_0461.jpg


昼食直前だったので食べられなかったけど
「イスタンブールに戻ってから食べよう」ってことで今回は断念。
でも、見ていてとてもおもしろかった(^-^)


昼食はカッパドキアならではの洞窟レストランへ。

洞窟を抜けていくと・・・
DSC_0475.jpg


レストラン
DSC_0465.jpg


お豆のスープ/鱒のムニエル
DSC_0469.jpg DSC_0471.jpg

ライスプディング
DSC_0473.jpg


・・・私、このライスプリンというヤツが苦手です(^-^;)
12年ぶりに食べたけど、やっぱり苦手でした。。。


午後はまずウチヒサールを眺めに行く。

DSC_0493.jpg

上に登っている人がいるのが見える
DSC_0500.jpg


ウチヒサールとは「3つの要塞」と意味。
城跡にはたくさんの穴が開いていて、これらは岩をくりぬいて造った部屋の跡である。
戦争時は食料と水を持って、住民たちがここに数ヶ月立てこもり敵と戦ったという。


観光客用のラクダもスタンバイ(笑)
DSC_0503.jpg


ちなみに、他の2つの要塞はユルギュップとオルタヒサールにある。
数百m離れたオルタヒサールの要塞とは地下で繋がっているという。
ここカッパドキアでは、地下都市がたくさん発見されている。
ビザンチン帝国の崩壊後、トルコはイスラームを信奉するオスマン帝国の支配下に入り、
そのため、キリスト教徒は異教徒たちから身を隠し、
キリスト教の信仰を守るためにこの地下都市が築かれたと考えられる。
通気口や集会所、ワイン倉、食堂など、驚くことにそこには暮らしに必要な機能が備えられている。
敵が攻め入って来たときには、ゴロンと転がして締め切るドアなども用意していた。



続いて鳩の谷へ。

DSC_0505.jpg

DSC_0515.jpg


多くの岩の表面には数多くの穴が開いているのは「鳩の家」と言われる鳩の巣で、
住民は昔から鳩の糞を集め、火山性でやせた土地に肥料として役立て、ブドウ畑を作っていたそうだ。


鳩さんにもお目にかかれました。
DSC_0510.jpg


お花もきれいでした。
DSC_0516.jpg DSC_0519.jpg


青い目のような模様のもの、ナザールボンジュウというトルコの魔よけ。
お土産屋さんに行けば、どこにでもだいたい売っていた。
DSC_0512.jpg


最後に3シスターズと呼ばれるキノコ岩に。

DSC_0534.jpg

なんで自然にこんな形になるんだろう???
不思議でたまらない。

すぐ横にあった、、、岩。
DSC_0528.jpg


よぉーく見ると、、、、
左はカメ、右はサル(笑)
DSC_0529.jpg


カッパドキアの景色は、見れば見るほど不思議で・・・・ぜんぜん飽きないの。
見渡す限りの奇岩群は圧巻です。
・・・ただ、12年前に訪れたときにはひたすら奇岩ばかりしか目に入らなかったのに
今回は割りと近くまで住宅が建ち始めていた!
それだけ発展を遂げていると言えるんだろうけど、なんかもったいないような。
ぷち的には、お早めに行かれることをおすすめします。。。。


夕刻より、アンカラに向けて移動。
途中で絨毯屋さんに立ち寄る。
P1060362.jpg


若いお姉さんが手作りで織ってるのよ、絨毯
DSC_0541.jpg

・・・間違えないのが不思議
DSC_0546.jpg


蚕からシルクを取り出す行程なども見せてくれた
DSC_0548.jpg


いい絨毯がたくさんあったけど、お値段もなかなかすごかった・・・
DSC_0559.jpg


絨毯屋さんのおにいさんたち
P1060366.jpg


塩が取れるトゥズ湖を見ながら・・・・
DSC_0577.jpg


アンカラに到着して夕ご飯。

お豆のスープ/塩ジャガイモ
P1060394.jpg P1060395.jpg

トルコ風ピザ/牛肉の煮込み料理
P1060396.jpg P1060399.jpg

デザートはチョイス式でした
P1060401.jpg


やはり20時半ころ・・・アンカラの夕陽
P1060402.jpg



この後寝台特急に。
記事が長くなりすぎなので(汗)次回にします~。



トルコ オリエンタル紀行④【6/16 パムッカレ~コンヤ】 [トルコ]

朝からパムッカレを観光する。


パムッカレとは、トルコ語で「綿の宮殿」という意味らしい。
真綿のように真っ白な景観に加えて、
このあたりが綿花の一大生産地であることに由来してるのかな。
昔、弱酸性の雨が台地である炭酸カルシウムの溶液となって地下水となった。
それが地熱で温められて湧き出て温泉となり、沈殿した石灰が固まっている。
それがあたかも純白の棚田のような景観になっている。
このような景観が3kmほどの範囲で、200m~300mの高さに渡って形成されている。


本当に真っ白(ちょっと茶色がかってるけど)な世界です
DSC_0284.jpg



棚田のように段々になっているところが何箇所も・・・
DSC_0268.jpg

DSC_0253.jpg


水(温泉)がとってもキレイ
DSC_0254.jpg


高いところにあるので、眺望がいいのだ
DSC_0260.jpg


この白い石灰の上を、裸足になれば歩くことができます。
温泉が流れていて、ほんのり温かい。ぴちゃぴちゃさせて歩きました。
(・・・実際はそんな軽やかにはいかず。すごい滑るんだもん・・・汗)



パンフレットなどによく使われているところ?
DSC_0289.jpg

石灰の様子がよくわかります
DSC_0274.jpg


空からこの景色を楽しんでる方も
DSC_0263.jpg



ここは世界遺産にもなっているのだけど温泉の量がだんだん減ってきているよう。
石灰棚にも水が溜まっていないところもたくさんあった。
もう少ししたら、立ち入ることができなくなるかも・・・!?
これまでに見たことのない不思議な景色でした。。。


パムッカレの石灰棚の1番上にはヒエラポリスという遺跡もある。
ローマ帝国の温泉保養地として栄えた。


ローマ劇場
DSC_0208.jpg



温泉を通していた水路
DSC_0211.jpg


・・・これ、どうやって積み上げたんだろ(・・?)
DSC_0247.jpg



温泉プール・・・・今はフツーに池、だと思うんだけど。。。
DSC_0223.jpg




現在は遺跡というより廃墟、です。
ローマ帝国時代に地震で破壊されてその後復興したのものの、
1354年の大地震で完全に廃墟と化したらしい。



パムッカレをあとにして、コンヤヘ移動。
またまた見渡す限りの大地を走っていきます。


そしていいお天気でした
P1060272.jpg



移動途中で昼食。


豆のソテー&パン/トルコ風ピザ(ひき肉がのっている。塩味)
DSC_0298.jpg DSC_0299.jpg

シシケバブ(串なし イモ添え)&サフランライス(麦入り)/カスタードプリン
DSC_0302.jpg DSC_0306.jpg


プリンは昨日の方が美味しかったなぁ。。。
レストランを出たところで、サクランボのワゴンが。
1kg約400円くらいでした。日本に比べるとかなり安い。
しかも甘くて美味しかった!


急に、大きな町が出現!それがコンヤという街。

新興住宅地?なカラフルなマンション郡。
P1060284.jpg


コンヤはアナトリア地方の主要都市で、かつては宗教色の強かった街。
特に、イスラム神秘主義者メヴラーナが提唱したメヴラーナ教の総本山として有名。

メヴラーナ教はイスラムとは一線を画していて「平和主義」で「協調性」を重視。
また一心不乱な旋舞により神との一体感を得るというちょっと異色な宗教。

[メヴラーナの踊り] 参考までに
円筒の帽子をかぶり、円錐の衣装に身を包み、両手を水平に広げてただひたすらに回転する。
場にいるすべての者が、そうして無言で回り続ける。


想像すると、、、、ちょっと不思議?(笑)
今は12月の祭事の時にのみ見られるらしい。
・・・・ちょっと見てみたい(怖いもの見たさ)


その開祖の霊廟が博物館として公開されている。


霊廟
DSC_0320.jpg


先頭上部の青?が独特で美しい
DSC_0308.jpg DSC_0316.jpg



残念ながら中は撮影禁止でした。
メヴラーナはじめたくさんの棺とコーランの写本や絨毯など。


お祈りを捧げに来ている人もたくさんいました
DSC_0321.jpg DSC_0322.jpg



この日は、コンヤのホテルに宿泊
大地の中にどーんと1つ大きな建物、なホテル。
景色がすばらしかった☆


街方面
DSC_0362.jpg

ちょっと視線を横にやると、もうなにもない大地 
DSC_0359.jpg



夜景もとってもキレイでした(^^)
写真は、、、、いまいちでしたが(汗)


夕食はビュッフェ式。
ここのご飯はかなり美味しかった~♪
DSC_0341.jpg DSC_0343.jpg


夕食後、ホテル内のハマム(トルコ風呂)も体験。
総大理石の部屋にお湯かけ場が設置されていて
お湯をかけてじゅうぶん体を温めたあと、温まっている大理石の上に寝転ぶ。
するととってもいい汗が出てくる!
こちらも水着(もしくは専用の綿布)着用。
現地の人はシャンプーなどを済ませている人もいました。
マッサージは別途だったのでしなかった。
(ちなみに、トルコでは大理石はたくさん取れるので昔からさほど高級なものではなかったらしい。)



5日目に続く・・・・・・・





トルコ オリエンタル紀行③【6/15 エフェソス遺跡】 [トルコ]

朝からエフェソスに向けて移動。
車窓から見える景色はオリーブ畑一色。
P1060159.jpg


少し早めの昼食。

トマトのスープ/チーズポテト
P1060171.jpg P1060172.jpg


トルコ名物「シシケバブ」 マトンであるのが一般的だけど、今回は牛肉でした。
(向こう側にあるのはサフランライス。とっても美味しかった。)
P1060174.jpg

シシケバブにはこんなスパイスを・・・こんなふうにまぜまぜして・・・つけながら食べる
P1060175.jpg P1060176.jpg


カスタードプリン 私好みのしっかりと卵の味がする固めのやつ・・・絶品☆
P1060177.jpg


エフェソスの観光は、「聖母マリアの家」から。

聖母マリアが晩年を過ごしたといわれる家。
キリストが処刑される前に母マリアに迫害が及ぶことを恐れヨハネにマリアを託し、
2人はローマを逃れてこの地まで行き着いたとされる。
18世紀末にドイツ人修道女アンナ・カテリーナの語った記録から家探しが始まり、この家が探し当てられた。
発見時は基礎部分50cmだけしか残っていなかったものを復元し、礼拝堂となっている。
(聖母マリアの時代はもっと屋根が低かったらしい)


聖母マリアの家に向かう道 緑がとっても美しい
DSC_0098.jpg

道の一番端には、マリア様が優しい笑顔でたたずんでいます・・・
DSC_0102.jpg

聖母マリアの家(現在は礼拝堂)
DSC_0105.jpg

礼拝堂内は撮影禁止でした。
外にあった礼拝堂の写真、の写真(笑)
DSC_0107.jpg

壁画などもうっすら残っており、
なんだかとても清らかな気持ちになりました。。。

日本のおみくじみたいなもの。ティッシュやメモ用紙など、白いものを結び付けている。
DSC_0110.jpg


すずめ?が写真を撮る私を不思議そうに眺めていました(笑)
DSC_0112.jpg


いよいよ、エフェソスの遺跡へ。

エフェソス(エフェス)、紀元前16~11世紀にかけて、ギリシャから移住してきた人々が建てた町。
アルテミス神殿を中心に繁栄した。
その後アレキサンダー大王の侵略はじめいろいろな経緯を経て、ローマ領となる。
繁栄は続き、ローマ帝国のブルータス、カエサル、アントニウスも訪れているらしい。
アウグストゥスの時代には、ローマ帝国のアジア州の都とされ、行政と商業の中心として、
広大な帝国内でも5本の指に入る大都市として発展したが、港が浅くなって使えなくなり、
アルテミス信仰も時代の変化で力を失い、
さらにゴート族の攻撃を受けたのを直接のをきっかけとして、衰退していった。   
 

ヴァリウスの浴場
DSC_0119.jpg

・・・・これ、なんだっけ(笑)
DSC_0131.jpg

メミウスの碑
DSC_0133.jpg

ニケ像 勝利の女神といわれている。ナイキのマークの元になったらしい。
DSC_0138.jpg

クレテス通りからケルスス図書館を望む 向こう側に見えるのは山と大地ばかり・・・
DSC_0141.jpg

ハドリアヌス神殿
DSC_0144.jpg

公衆トイレ チップ制で係の人が何人もいて、何もしなくても全部係の人がやってくれたんだって
DSC_0150.jpg

石棺  装飾途中で止まっているものらしい
DSC_0156.jpg

ケルスス図書館 120万冊の蔵書を誇っていたといわれている
DSC_0157.jpg

世界最古のコマーシャルといわれる、娼館の広告。
下に愛を表すハート、右上に女性の顔が描かていれる。
足は娼館の方角を指し、娼館の案内図と言われている。
DSC_0161.jpg

大劇場 24000人が収容できるらしい
DSC_0165.jpg

港通りより大劇場を見る  ローマ時代には海に面していて港になっていたらしい
DSC_0176.jpg


とても広くて見ごたえのある遺跡!
人々の生活のにおいがしみついていて、当時の生活ぶりが想像できるほど。
大都市だったことをうかがわせる大きな建物もたくさんある。
でもまだ発掘されたものはごく一部といわれている。


遺跡を後にして、アルテミス神殿跡地へ。
DSC_0181.jpg

よぉーく見ると、コウノトリが巣を作ってます(^-^)
DSC_0178.jpg


その後、革製品を扱うお店へ。
素敵なファッションショーを見せてくれました。
DSC_0191.jpg

革製品が安い!
日本で買ったらン十万円のコートが10万円弱で買えちゃう!
散々迷ったけど「これ!」ってモノに出会えず、買うことができなかった(T▽T)



パムッカレまで移動し、ホテルへ。

夕食はまたまたビュッフェ形式。
DSC_0199.jpg

DSC_0201.jpg

DSC_0198.jpg


この日泊まったホテルは温泉付。
日本のように裸でというわけにはいかないけれど
水着を着て温泉へ。
塩分が強いお湯でした。


4日目へ続く・・・・・


トルコ オリエンタル紀行②【6/14 トロイ遺跡】 [トルコ]

ホテルにてビュッフェ式の朝食を取り、トロイに向けて移動。


朝食はこのほかにフルーツなど
P1060133.jpg


トルコはヨーロッパ大陸とアジア大陸に国土を持つ。
イスタンブールは世界で唯一2つの大陸にまたがっている都市。
空港があるヨーロッパ側を西に進み、マルマラ海を船で渡りアジア側へ移動。
この後イスタンブールに戻るまでの間は、ずっとアジア大陸側を観光していきます。


移動途中で立ち寄ったドライブインでチャイを飲む
P1060142.jpg

どこにでもチャイ(紅茶)はある。
ドライブインだと50円くらいで飲むことができます。



船でマルマラ海を渡る
DSC_0025.jpg


ヨーロッパ側の街を振り返って
DSC_0028.jpg


船から見えたパッチワークの畑たち
DSC_0029.jpg


バスで移動中もずっとこんなパッチワークの丘が続きました。
小麦とひまわりを主に栽培しているそう。


船を下りて、トロイの手前 チャナッカレにて昼食。

レンズ豆のスープ/鱈のフリッターとシュリンプ巻とムール貝の串揚げ
P1060149.jpgP1060150.jpg

シロップ漬けケーキ
P1060152.jpg

スープがとっても美味しかった♪
お魚料理は少し油っこかったけど、食べられました。
デザートは超甘~いっ!1口食べたら満足してしまう味でした(^-^;)


腹ごしらえが済んだところで、いざトロイの遺跡へ。


ホメロスの叙情詩で知られている「トロイの遺跡」
実在すると信じ、シュリーマンが発掘したことで有名。
紀元前3000年から紀元400年までの間、繁栄と衰退を繰り返しているこの地は
その後考古学者らの発掘により、
9 つの異なる時代の集落と、城壁や家屋の基礎、寺院や劇場が発掘されている。

城壁とその周辺
DSC_0036.jpg

小劇場
DSC_0039.jpg

儀式に使われた聖域 丸い井戸は生贄の血を貯めるものと洗い流すもの2つがあった
DSC_0040.jpg



トロイの木馬(もちろん復元)
DSC_0054.jpg


大きい!
中に入ることもできます。
DSC_0058.jpg


[参考までに・・・ホメロスの描いたトロイ戦争]
むかしむかし、ヘラ・アテネ・アフロディテという3人の女神が
「世界で1番美しい女神」にトロイ王子によって認定してもらおうと
様々な贈り物を提示した。
ヘラは支配権と富を約束し、
アテネは戦いの勝利と知恵を約束し、
アフロディテは世界一美しい美女との出会いを約束する。
女好きだった王子はアフロディテを選び、
約束どおりギリシア都市国家スパルタの王妃ヘレネを与えられる。
それに怒ったスパルタ王がギリシア軍を率いてトロイで戦争が起こる。
両者譲らず10年もの歳月が流れ、
ギリシア軍が最後の作戦として巨大な木馬を作り、その中にたくさんの兵士を隠し、
負けを認めギリシアに帰っていくフリをしてトロイ軍を油断させ
祝杯をあげ酔いつぶれ寝静まったころに木馬内の軍隊が一斉に攻め入り落城し、
ギリシア軍の勝利に終わった。



木馬はさすがに「Theトロイ」って感じで盛り上がりました♪
ここはまだまだ発掘途中で、どのくらいの規模なのかもまだ不明だそう。。。


トロイを後にして、地中海沿岸のリゾート地アイワルクへ移動→宿泊
海沿いのリゾートホテルで、部屋からの景色が最高☆
DSC_0066.jpg


夕食もビュッフェ形式で。
P1060161.jpgP1060163.jpg

ヨーグルトは酸味が強く、塩味もついている。
スイカはめちゃウマ。とっても甘いのです。
何味?とわからないまま食べたスープは美味しかった。


日暮れは8時半ごろ。夕食後に海岸を散歩しました。
夕焼けがとってもキレイ。。。

DSC_0074.jpg

DSC_0084.jpg


3日目に続く・・・・



※1日目の夕陽写真を追加しました


トルコ オリエンタル紀行①【6/13 イスタンブールへ空の旅】 [トルコ]

成田発10:15 ウズベキスタン航空HY-528便で
関空・タシケント経由でイスタンブールまで空の旅。


私の旅行を喜んでくれているかのような快晴☆
我が家上空も、くっきりと見えたのです。
(さすがに家の特定までは無理ですが・・・笑)


この中に我が家があります
P1060113.jpg


世界的に晴天なのか?と思えるほど
どこまで行っても快晴で下の景色を見ることができた。
P1060120.jpg


夕陽もとってもきれいに、長い時間見ることができた☆
DSC_0018.jpg


機内食にうなぎが出てびっくり!
P1060116.jpg


イスタンブール到着までに計3回(1回は軽食)機内食が出ました。




タシケントはウズベキスタンの首都。(今回初めて知りました・・・汗)
乗り継ぎ時間が短くて無駄な待ち時間は少ないのですが
この空港、チェックがめちゃくちゃ厳しい。
靴を脱ぎ、ベルトもはずして、セキュリティチェックを受けなくちゃなりません。
・・・そうこうしてると、乗り継ぎ時間ギリギリです(^-^;)



6時間の時差を越えて、イスタンブールに22:35到着。
(所要時間18時間20分ほど・・・乗り換え時間含む)



この日はそのままホテルに入り、明日からの観光に備えました。
2日目に続く・・・・



<読んでくださる皆さんへ>
本日から、少しずつトルコ旅行記をUPします。
質問や感想を書いていただくためにコメント欄は開けておきますが
長々と続く旅行記ですのでどうぞ遠慮なくコメントはスルーしてくださいね。



帰ってきています [トルコ]

ぷち、無事に帰ってまいりました!
前回のコメント欄でお答えが出ていたとおり、
トルコ」に8日間の旅に出ておりました~♪


トルコに行くのは2回目でしたが、やっぱりとってもいいところでした☆
写真もいっぱい撮ったし、お話したいこともたくさんあるのですが・・・
まだなんにも整理できていません(^-^;)


旅行中のセナくんは・・・。
離れていた8日間、セナは夫に甘えて暮らしていたようです。
ご飯もちゃんと食べて、いっぱい遊んでもらって。イタズラも山ほどして。
少し肌寒かった1日だけは寝室にも初めてついていき、足元で寝ていたそう☆
(↑夫、嬉しそうでした)


・・・私の方が寂しくて、トルコから1日おきに電話。
といっても、セナが電話に出れるわけでもなく(←当たり前)
夫からセナの様子を聞いていました。


帰ってきた私にはお腹を出しつつも少しキョトンとした表情をしていて
最初の1時間くらいはちょっと遠慮がち・・・。
膝に乗ろうかなとあげた手を迷って引っ込めてみたり(笑)
気長に声かけながら遊んでいたらあっという間に元どおり。
1時間後にはもう肩乗っていたし。
その日はずっと後をついてまわっていました。
寝るのももちろん一緒♪フミフミしながら散々甘えて寝ました(^-^)



8日間も離れてたら、セナはパパっ子になっちゃうんじゃないかと心配してたけど
全然そんなこともなく・・・・
ママっ子にすっかり戻ったセナに、夫は寂しそうに苦笑してます(笑)


セナくんもボビーくんも夫も(←並列化してる)、お留守番お疲れ様。
どうもありがとう。




・・・・・とりあえず帰国のご報告です。
(写真もなくてごめんなさい・・・汗)


ぎょるしゅるず [トルコ]

DSC_2299.jpg


克服した?キャットタワーの上で、得意気に目を輝かすセナくん。
目はまん丸だし。口元は笑ってるし。
・・・なんだかちょっとえらそうだし(笑)



最近撮ったお気に入りの1枚(^-^)




この写真をトップ記事に残して
ぷちは明日からちょっと長い旅に出てきます~♪
行き先は、、、、、、帰ってからのお楽しみ(≧∇≦)





では、、、、Görüşürüz!  ←なにげにヒント・・・笑
      (ぎょるしゅるず)



トルコ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。